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武蔵の長期低落の深刻度──「もう御三家とはいえない」?
かつて、東京都の男子私立中高一貫校の御三家といえば、「開成・麻布・武蔵」の三校を指した。しかし、近年の受験環境や進学実績の変化に伴い、武蔵の存在感は次第に薄れ、「もはや御三家とは言えないのではないか?」という声が上がっている。武蔵の凋落は本当に深刻なのか。そして、その背景にはどのような要因があるのかを考察する。
中学受験の箔は東大進学率によって決まる
そもそもなぜ武蔵が御三家なのか。それにはその独自の教育システムがある。古い話ですが旧制武蔵高校は7年制(現在の中高一貫教育に相当)で、卒業生のほとんどが東大に進学していた。実際、1学年80名のうち約9割が東大へ、残る1割も京都大学や東北大学などの帝国大学に進学するという圧倒的な実績を誇っていた。
戦前のエリートコースといえば、「東京府立第一中学校(現・日比谷高校)→第一高等学校(旧制一高)→東京帝国大学」というルートが確立されていた。しかし、武蔵に合格すれば、一高を経ることなく東大へ進めるため、小学校卒業時点で「ほぼ東大行きが確定する」という特権的なルートが存在していたのだ。この時代、麻布や開成はまだ旧制中学のみであり、武蔵の独自性は際立っていた。
つまり武蔵はズバ抜けて歴史が違うのである。麻布や開成ですら適わないのは勿論、コギャルをけん引した新参校の渋渋や御三家とそん色ない偏差値を誇り入試も2/1のみの駒場東邦などとは一線を画すのだ。
しかしそうした背景があるからこそ時代が進むにつれ、東大合格!を一点集中してあの手この手で東大進学を推し進める学校に遅れを取ってしまったのだ。
現在の武蔵の実績と課題
かつての圧倒的な進学実績と比べると、現在の武蔵の東大合格者数は大きく減少している。2023年度の東大合格者数はわずか14名。これに対し、開成は145名、麻布は94名と、大きく水をあけられている。
この低迷の背景には、いくつかの要因が考えられる。
① 鉄緑会の指定校から外れる
武蔵の低落を象徴する出来事のひとつが、東大受験専門塾「鉄緑会」の指定校から外されたことである。鉄緑会では、筑波大学附属駒場(筑駒)、開成、麻布、桜蔭などの指定校に対し、中学入学時に手続きをすればテストなしで入塾できる特典を与えている。これは「進学校としてのブランド」の証しとも言えるが、武蔵は2012年にこの指定校から外された。
鉄緑会が武蔵を指定校から外した理由の一つとして、武蔵の受験指導方針が挙げられる。武蔵はもともと「自由な校風」を重視し、受験に特化した教育を行わない傾向があった。そのため、東大進学を目指す生徒にとっては、手厚い受験指導を行う開成や麻布のほうが魅力的に映るようになったのだ。
そう考えるともはや東大合格は進学校側の力ではなく予備校のおかげともとらえられなくもない。
鉄緑会は圧倒的な授業スピード、圧倒的な宿題量、圧倒的な勉強への圧力でドロップアウトする子も少なくない。
② 入試問題の独特さと塾の誘導
武蔵の入試問題は、他の難関校と比べて独特な傾向がある。暗記型の学力では対応しにくく、思考力や記述力を問う問題が多い。このため、学習塾は「開成や麻布を目指せる生徒には、わざわざ武蔵を勧める理由がない」と判断し、偏差値がわずかに足りない場合も巣鴨や海城といった他校へ誘導することが増えている。
加えて、武蔵の所在地である江古田は、西武線沿線であり、交通の便が決して良いとは言えない。このため、通学のしやすさを考慮すると、よりアクセスの良い開成や麻布を選ぶ生徒が多いのも現実である。
③ 学校自体が進学実績を重視していない
最大の問題は、武蔵が東大進学実績を学校として重視していない点にある。かつてのような「東大進学が当たり前」という意識は薄れ、むしろ「受験指導をしない」ことを教育方針としている。これは「自由な校風」として評価する向きもあるが、一方で「受験に向けた実践的なサポートがない」と感じる生徒や保護者も多い。
授業も、受験を意識したカリキュラムではなく、教員の裁量に任せた内容が多いため、大学受験での競争力という点では他の進学校に比べて見劣りするのが実情だ。
④中学受験の特殊日程の被害者
そもそも中学受験というのは2/1に名門校が集中しすぎなのである。これがもし開成や麻布と併願できるような日程ならばこんなことにはならなかったであろう。大学受験においては東大と早稲田と慶應の日程が丸かぶりで受けられないなんてことは起こり得ない。しかし中学受験は良い学校はすべて2/1。国公立が2/3でずれているが私立の中学において2/1のみに受験日があるというのは大きなブランドなのである。
「御三家」の定義は変わるのか?
昭和50年代以降、「開成・麻布・武蔵」が男子私立中学の御三家とされてきた。しかし、これは受験産業が作り上げたカテゴリーであり、固定されたものではない。現在の受験界では「御三家」という言葉自体があまり使われず、代わりに「超難関校」という表現が定着しつつある。
特に、現在の超難関校として名前が挙がるのは、筑駒、開成、麻布、駒場東邦(駒東)、聖光学院、栄光学園などである。これらの学校はいずれも東大合格実績が高く、受験指導にも力を入れている。一方で、武蔵はもはやこの「超難関校」のグループには含まれなくなりつつある。
それでも武蔵を選ぶ理由
武蔵の東大合格実績が低下しているとはいえ、その教育方針には一定の支持もある。受験偏重ではなく、生徒の自主性を尊重する校風は、他の進学校にはない魅力とも言える。また、「受験指導に頼らずとも優秀な生徒が育つ環境」を提供できているとも解釈できる。
そもそも人生において大切なことは東大に入ることがすべてではないということが武蔵の考え方とも言える。髪を染めたりするのも自由で中高一貫校の中でこういう学校はかなり少ない。自分で考えさせることが武蔵の強みであるがこれが偏差値においては弱みとして働いてしまっているということだろう。
そのため、熱狂的な武蔵ファンや、受験勉強よりも幅広い教養を身につけたいと考える家庭にとっては、依然として魅力的な選択肢となるだろう。
まとめ
かつては圧倒的な東大進学率を誇った武蔵も、現在では進学実績の低下により「御三家」としての地位が揺らいでいる。鉄緑会の指定校除外、独特な入試問題、受験指導の欠如などの要因が重なり、受験生の志望動向にも変化が見られる。そもそも御三家は外野が作ったくくりなので気にする必要はないという風潮もある。
しかし、武蔵の価値は単なる進学実績だけでは測れない。自由な校風や個性を重視する教育方針に魅力を感じる家庭にとっては、依然として選択肢となり得る学校である。とはいえ、今後も「御三家」としての名を維持できるかどうかは、武蔵自身の改革にかかっているのもまた事実である。